COMITIA121 ささきさルーチカ

COMITIA121に参加します。

日程:2017年8月20日(日)11:00~16:00
場所:有明・東京ビッグサイト東5・6ホール
スペース:ち16a「ささきさルーチカ」

これまではTOKOが主体となって自作の漫画や画集を発表する場として参加しており、ルーチカ製品も委託品扱いで置いていました。今回はかなりルーチカのウェイトを上げるつもりで、サークル名にもルーチカの名を加えました。
場所はグッズジャンルです。「医療系雑貨生みたて卵屋」さんとお隣になっています。

ルーチカ製品ラインナップはこちらをご覧ください。

ささきさからは、残念ながら新刊なしです。
このところ絵もまともに描けていないのでどうにかしたいのですが…。
既刊案内はこちら。

Share

福岡~佐賀周遊

7月末に、福岡~佐賀~長崎と周遊してきました。

まずは福岡県北九州市にあるスペースワールド。
今年いっぱいで閉園するとのことで、懐かしさもあって遊びに行ってきました!

開演直後の1990年に訪れたことがあり、手元にチケットが残っていました。当時はアトラクションに乗るごとにこのようなカードが配布されたんですね。
今回はFinalのフリーチケットで遊びましたよ。……というかカードをもらえるサービスはもう廃止されているようで、でもカードが出てくる改札みたいなところだけは残ってて侘しさを醸し出していました。

身近でわりと知ってるテーマパークとしてはディズニーランドがあり、世界観を壊さないために回りの俗な景色は見えないような構造になっています。

対して、宇宙を体感できるテーマパークであるところのスペースワールド。写真を撮ろうとすると、後ろに高速道路の高架や住宅街やイオンモール…このクオリティ。さすがです。
これは開園当時からで、新日鐵の空き地を利用して作られたので当時は入り口に向かう道すがらが製鉄所の資材置き場になっていて、ディズニーランドのような「入り口に向かうワクワク感はなかった」というのが当時をよく記憶している父親の証言です。

いちばんフォトジェニックなスペースシャトルの後ろにすら高速道路の高架。むしろ揺るぎない世俗感。

そんなこんなの地方テーマパークですが、当時ひとつ特別な点があったとすれば、それは「宇宙飛行士体験プログラム」だったのではないかと思います。今回子供同伴でしたし時間もなかったのでこの予定はたてませんでした。……が。あとからサイトを見てみると、もうこのプログラムもなくなっていたようです。

アトラクションやらなんやら、いろんなところにデジタル画面が導入されてるのは普通なんだけど、かなりがブラウン管が残ってるのもすごかった!しかもなんかすごい焼き付いてて映像がぼろぼろだった!しょっぱなの発券受付窓口も覗いてみたら普通にベージュのCRTモニタだった!
もしかして、開園当時からそういうデジタル設備を更新して……ない……?
もしかして、もしかして、設備更新が必要になって、でも予算がないから閉園ってながれ…なの………?

スペースワールド全体が「昔はあったけど今はないサービス…なのに残骸だけが残っている」みたいなもので溢れかえっていて、もしかしたら平日だったので土日だけ稼働しているサービスもあるのかもしれませんが、もう、侘しい。全体的に侘しい。

個人的にはそれが良かったです。
もう、こういうの、大好きですよ……!行けてよかったです。

帰りはソニックを激写。
JR九州の水戸岡デザインのことは、たしか10年位前に子羊舎さんから教えてもらって、それから好きになりました。
鉄道ファンからはむしろ悪評みたいですけど、私はとても好き。
水戸岡さんは模型ではなく紙面からデザインするらしくて、なので列車の外装内装だけではなくポスターデザインとかイラストも手掛けていて、その雰囲気とか統一感ひっくるめて好きなんですよね。

今はほかの地方の列車デザインも手掛けてるそうで。
水戸岡列車が見られるのは九州だけっていう特別感がなくなってしまったのはちょっと寂しいかも。

その後は福岡の海の中道水族館で魚を見たり、

水中を舞うイカを見たり、

呼子では回るイカを見たり、

干されるイカを見たり、

イカ釣り漁船を見たり、

イカしゅうまいを食べたりしましたよ。
実は魚介類を食べるが苦手なのですが……。見るのは好きです。

Share

COMITIA121予告

COMITIA121にサークル参加申し込みしました。

日程 : 2017年8月20日(日)11:00~16:00
場所 : 有明・東京ビッグサイト東5・6ホール

今回はグッズ・雑貨のカテゴリーで「ささきさルーチカ」として申し込みました。
抽選漏れしなければ参加します。
ファンタジー漫画『ロコノ』の新刊ももちろん予定していますが、
ルーチカのグッズもいつもより多めに揃えてみようと考えています。

どうぞよろしくおねがいします。

Share

コルドバのパティオ(予習編)

コルドバでパティオを見て回るのに、パティオ祭りはうってつけの機会です。
普段街路から閉ざされている個人宅の中庭が解放されるのですから。くわえてこのお祭りで公開されるパティオは、住民によって丹精込めてしつらえられ、自信をもってコンテストにエントリーされた珠玉の空間です。コルドバでもっとも花が咲き乱れる5月の半ばに開催されるというのも重要なポイントです。

毎年かわる開催日や公開されるパティオは事前に公式サイトでアナウンスされます。
今年からなのか、公式サイトには写真もみれる地図があります。ぜひこちらでもパティオのすばらしさを体感していただければ!

観光側のお祭りへの参加については、特別なエントリーや権限はなく、必要なことを強いて挙げるとすれば、個人宅にお伺いするマナーとパティオへの尊敬と称賛の念くらいでしょうか。
ホテルやインフォメーションセンターに行くと公開されているパティオの地図を受け取ることができます。
それがこちら。

おそらくですが、パティオの住人が運営側にエントリーすることで見学可能なパティオが決まるので、開催年によって若干の違いはあると思います。でもガイドブックなどに載っている有名なところは常連なんじゃないかな。

私が回ったところ感じた大体の傾向を4種類に分けました。(上の地図に赤字で示した地域)

  1. ガイドがおすすめする、美しいパティオが密集した地域
  2. パティオの内容としてはお薦めだし、メスキータやアルカサルなどの観光スポットから近いし、パティオが密集しているので動き回る必要もない……そのかわりちょっと信じられないくらいの混雑です。おそらくツアー客の順路になってます。30分待ちなどざら。

  3. 正統派パティオが多めの地域
  4. 多少歩き回る必要があるけれど、かなり正統派な建築構造のパティオがそろっています。構造については後で述べます。私のお気に入りの地域です。

  5. 郊外のわりと新しめの住宅の中庭をとにかく花で飾った地域
  6. 後述しますが、コルドバは旧市街地の中でも古い地域と新しい地域に分かれていて、このあたりは新しい地域の外れになります。パティオ構造はわりとフリーで、どちらかというと住居の間に作られた自由な形の中庭に、これでもかと花を生い茂らせた努力賞的なパティオが多いです。パティオ建築に興味を持った人にはちょっと微妙かもしれない反面、お花が好きな人にはお薦めの地域。

  7. かなりフリーダム…これパティオ?というのも多いが贅を凝らした地域
  8. はしっこの方はもはや中庭ですらない……けれども閉ざされた裏庭のような趣のある庭ばかりでした。広い空間を使った庭が多く、手間とおかねはかかってそう。古典的なパティオに飽きたらつまむのにちょうどいい地域。

こんな地域傾向がありますので、好みに沿って回ってみるのがいいんじゃないかと思います。
旧市街地の新旧については、街角にかかってたこの地図がわかりやすいです。

城壁に囲まれた地域の真ん中にも城壁があります。この真ん中から左がメディナと呼ばれるローマ時代からある地域です。右側はアジャルクイアと呼ばれていた地域で、十世紀ごろに膨れ上がる人口を収容するために拡大された地域です。

メディナのほうが袋小路が多いです。その奥の住居の中にいくつものパティオがあり、パティオを通り抜けられる住民だけが別の袋小路に出られるという構造になっています。これはかつて侵略されることの多かったコルドバの住民の自衛の策だったといいます。街路から住居への入り口は頑丈な木戸や鉄の扉で閉ざされていることが多く、通りを歩くものを拒絶する雰囲気なのですが、ひとたび中に入ると裏にも抜けられる居心地のいい空間が広がっているというわけです。

ちなみにこの古地図のようなイラストの手前に描かれている、マッチ箱を倒したような建造物がメスキータ、その左側の庭園がアルカサル。
街の南を流れる川はアンダルシアを横切るグアダルキヴィル川でそこにかかるのがローマ時代に建設されたというローマ橋です。

最後に、パティオの構造について。
これは『建築探訪11 南欧のミクロコスモス』(畑 聡一/丸善)から知識を得ました。

この本をふまえつつ、私の独断と偏見によるパティオ要素を列挙します。

  • 方形(正方形かそれに近い長方形)である
  • さいしょにパティオに足を踏み入れて、「あ、パティオだ」と思う最大の要素。四角でないと、パティオではなく単なる中庭という印象になります。

  • 列柱廊に取り囲まれている
  • これはコルドバよりもセビリアなどで見られる荘厳な様式のようです。ローマ様式を踏襲した貴族然としたたたずまいのパティオになります。また、空に開いた明るい中央部と回廊で陰になった空間のコントラストが美しく、奥行き感もとてもいいです。四面すべてとは言わないけれど、どこかにこの空間があるのが好きです。

  • 二階の回廊やそこへのアプローチ階段
  • 柱廊のアドバンスコース的な二階の回廊。庶民宅ではこれはほとんどありません。アプローチ階段があると、そこが恰好の花台となり、植物を立体的に魅せている家が多かったです。

    パティオとその周りの部屋の構成に関しては、以下の間取り図がわかりやすいのでごらんください。

    建築探訪11 南欧のミクロコスモス(畑 聡一/丸善)28ページより引用
  • 鋳物の飾り扉がある
  • たいていのパティオの入り口には、鉄の透かし扉があります。イスラム様式を踏襲し、植物を模した模様か幾何学模様がメイン。私はとくに幾何学模様の複雑な飾り扉がすきです。透かし窓は日本や中国の格子戸も好き……そこから覗き見る美しい空間がたまらないと思うのです。個々のパティオを紹介する際にも折々触れたいと思います。

  • 床面のしつらえは玉石、タイル、煉瓦
  • アンダルシアに特徴的な玉石の床面。おそらく円盤状の石を使っているのですが、平たい部分を表面に出すのではなく、円盤を立てて敷き詰め、ベージュと黒の二色で模様をつくるのがこの地方の特色のようです。はだしだと足つぼマッサージになりますね。
    その他、白黒のタイルも多いです。郊外に行くと煉瓦の床も散見されます。

  • 壁面のアラベスク
  • イスラム文化が色濃く残る街ならではの、腰の高さまでのアラベスクタイル。アルハンブラ宮殿ではこれでもかとみられますが、コルドバのパティオにもありますよ。

  • オアシスを感じさせる水盆や井戸
  • 昔はちゃんと井戸があって水を汲んでいたりもしたのかもしれませんが、もはやオブジェとなっている水場。でもこれは重要なポイントでどんな狭いパティオにも何らかの形で存在しています。さらに何らかの水音があるととてもよいです。コンテストにエントリーしているパティオはなみなみと水をたたえ、花びらを散らすなどの趣向をこらしていたりもしますが、たまに街路から見える放置されたパティオなどでは水盆が枯れており、打ち捨てられ感が甚だしいです。

  • 隅々に飾られた骨董の数々
  • 昔の栄華を懐かしむ意味も含めて骨董が飾られているそうです。パティオに面した一室をわざわざ昔のしつらえにして公開しているところも多いです。

  • 壁面を覆いつくす花
  • コルドバのパティオといえば、何をおいても花が特徴的なんだそうです。栄華ははるか昔、中世以降は落ちぶれ続けた街の庶民は建築に財をつぎ込めないため、そのぶん花で飾る特徴があるんだとか。私は建築がすきだけどな……でも花はほんとうにすごいです。一日2回は水をやらなければならないそうですが、たぶんこれ、仕事のない人がまる一日かけて毎日やる作業です。また、さらに閉ざされたバックヤードではバックアップの鉢も育てているそうです。

こんなところがパティオのみどころです。
ここまで説明するのにかなりエネルギーを使ってしまったので、このさきどこまで続けられるか不安ですが、次からはぼちぼち、パティオの紹介をしたいと思います。

Share

コルドバのメスキータ

コルドバで必ず見ておかねばならないメスキータ。

ヨーロッパでかつてイスラム教だった街がキリスト教の侵略をうけると、たいていモスクだったところがほぼすべて取り壊されて教会が建てられます。そこにモスクがあった形跡はほとんどなくなるか、あるいは土台を転用するため、装飾が入れ替わり礼拝堂が設置されるか……といったところばかりです。

しかしコルドバのメスキータは「モスクの中に礼拝堂がすっぽり収まった建築」なのです。

もともとコルドバはカルタゴ人によって造られたといわれています。その後フェニキア人、ローマ帝国と侵略され、紀元後712年にサラセン帝国が侵入することでイスラムの街となります。1236年にキリスト教に滅ぼされるまで、コルドバは繁栄を極めます。一時は人口100万を超えるヨーロッパいちの都市でした。
この当時、コルドバのモスクは増え続ける礼拝者を収容すべく、幾たびも増幅を重ねて巨大な建造物へと成長しました。イスラム教は偶像崇拝を禁止しているのでアラベスクが主たる装飾で、メッカの方向を示す壁面のほかは屋根を支える柱とアーチのみ。そこには広大な円柱の森が広がっていたといいます。

今でもメスキータに入ると円柱の森を体感することができます。国際展示場を天井の低い石造りにしたような、というと身も蓋もないですが、ほんとうにがらんどうなのです。その空間が宇宙的で、屋根を支えるアーチの規則性や彫のほどこされた木製の天井などと相まって荘厳な雰囲気をたたえています。

この空間がメスキータじゅうに広がっていたらどんなにすごかったことか。
けれども、キリスト教侵略後、司教がメスキータの中央部を取り壊し、キリスト教の礼拝堂を建ててしまいます。

こんにちではむしろこちらの方が撮影スポットなわけですが……。

普通の建造物であったなら取り壊されるところであったこのモスク。しかしその広大さ、荘厳さがキリスト教の支配者をも圧倒し、司教は中央部を礼拝堂にするにとどめました。また、当時のヨーロッパ全土の支配者であったカルロスI世は、取り壊し後にメスキータを訪れ、これほどまでに見事な建造物を取り壊す許可を与えたことを後悔したといいます。

屋外にはオレンジの中庭とミナレットがあり、ミナレットには登ることができるようです。

コルドバへはパティオを目的として訪れましたが、メスキータの荘厳さにはただただ圧倒されました。
あの空間に足を踏み入れることができたのは幸せなことでした。すばらしい建造物です。

Share