つくばエキスポセンターにて、『HAYABUSA2 -REBORN』というプラネタリウム映画を鑑賞しました。

HAYABUSA2 〜REBORN

小惑星探査機はやぶさ2をモデルにした全天周映画で、はやぶさ初号機からの三部作の最後の作品です。春から公開予定だったもののcovid-19の影響で延期がかさなり、ようやく公開となりました。この日はJAXAのはやぶさプロジェクト関係者や取材陣に一般予約客を含めた第一部上映会+上坂監督講演会、制作関係者のみの第二部上映会が開催され、試写会のような雰囲気でした。

内容は上記サイトの作品紹介をご覧ください。

ここから先は、上坂監督の講演会の内容から感じたことをつらつらと記したいと思います。なるべくネタバレを含まない形での感想にしたいのですが、物語の根幹部分に言及するので結果的にネタバレになるかもしれません。気になる方は作品鑑賞後にお読みください。

作品ゲシュタルト崩壊問題

講演会しょっぱなの共感。
監督は作品作りで自作を細部まで何度も見すぎてわけがわからなくなり、今回3カ月ぶりくらいに落ち着いて鑑賞することで、ようやく客観的に自分の作品を捉えられたそうです。

これを私は「作品ゲシュタルト崩壊問題」と呼んでいて、作品を作るたびにこの問題に直面して悩んでいました。映画監督として大きな作品を何作も世に出している人でも(だからこそ?かも)この問題に直面していることを知れて、共感と親近感を持てました。監督の
「ど…どうでした…?」
みたいな自信なさげな問いかけもわかる…!周囲からの賞賛でようやく自信につながり、そのうえでまた自作を見ることで「やっぱいいよね、作って良かった」って思えるんですよね。だから惜しみなく何度でも言いたいのですが、本当に素晴らしい作品でした!

実話から物語へ「盛る」ことについて

本三部作は、全作通して「小惑星探査機を小惑星探査機の姿のまま人格を与える」という設定を貫いています。そしてナレーションがスーパーバイザーのように物言わぬ探査機を叱咤激励し、時に回想し、それに呼応するように探査機がミッションを遂行していきます。

何故このような形態をとらねばならないかというと、いい物語には観る人(読む人)が共感できのめり込めるような感情の抑揚が必要だからです。映画では「三幕構成」という理論があり、そこでは

「主人公が目指すべき目的と動機が明らかとなり、苦難を乗り越えながら行動し、目的を達成する」

という構成が必要だと説かれています。そして見る人が共感できるようなN字型の感情曲線が理想的とされています。
ざっくりこんな感じです(三幕の詳細はWikiなどをご覧ください)。

画像1

はやぶさ初号機は、運用の成功と危機と時間軸がそのままこの感情曲線に当てはまっていました。なので物語を綴る人々にとっては格好の題材だったのです。確か4作くらい映画ができてましたよね…?わかります。ご多分に漏れず、私もはやぶさを題材にマンガを描きましたから。

画像2

はやぶさ初号機の感情曲線↑(雑ですみません)

ただ、どの映画も主人公が違っていました。この主人公を誰にするかで、目的と動機、行動が違うので、その分ドラマも生まれます。プロジェクトメンバーを主人公に据えると、リーダー格の人なら探査機の運用と感情曲線がシンクロしますが、個々の装置の制作担当や運用担当が主人公になるとそれが使われるミッションで感情の起伏が激しくなります。動機もその個々人で様々です。人によっては「亡き父との約束」とかになり(その方が感動するから)そうなると物語の中で「お父さんとの感動エピソード」なども盛り込まねばならなくなります。

全天周映画の完全CG映画で人間ドラマを表現するのは難しそうです。かといって、探査機のミッションをそのままCGで再現しただけの記録映画にしてしまったら、おそらく見る人の共感は得られないだろうと思います。
そこで探査機を擬人化するというのが一つ大きな解決法になりますが、この映画では「探査機自体はその動きでしか感情(?)を表現しない」「感傷的な部分は全てナレーションで賄う」という構成を取っており、それが最高に素晴らしいのです。

はやぶさ2はもっと盛らねば物語にならない

初代はやぶさが題材の時はそれで十分うまく行っていたのですが、二号機になると、ミッションの起伏が全然N字じゃありませんでした。失敗しないんだもん(素晴らしいことですが!)。

画像3

はやぶさ2の感情曲線↑(さらに雑ですみません)

吉川先生に「申し訳ないが物語はないヨ」とくぎを刺され、その通り見事に物語のない堅牢ミッション。さあ、どこを盛るのでしょうか?

そのヒントはタイトルの「REBORN」にありました。シナリオの随所に生まれ変わりの要素が盛り込まれ、ミッションそのものは曲げることなく見事に盛っています。

また、この「盛り」表現のほぼすべてを担ったナレーションの篠田三郎さんの演技には感嘆しました。上映会では篠田さんも来られておりコメントされていましたが、ご本人はこの「盛り」の加減に苦慮されていたようでした(特に今回の上演会はJAXA関係者がいたので余計に気になった模様)。

おそらくこの「盛り」は、実際の運用に近い人ほど違和感を覚えるでしょうし、逆に遠い人ほど共感と感動の源になると思います。見る人の数だけ評価があるでしょう。実話と物語のはざまの、最大の難しさだと思います。

少なくとも私は、初号機から脈々と受け継がれる使命や技術、そして二号機で達成された偉業が十分に理解でき、感動しました。きっとこれからも多くの方がこの映画に感動し、はやぶさ2の帰還や次の旅路を応援するのではないかと思います。

素敵な映画をありがとうございました。

Share