火星の岸辺にあるガラス張りのアトリエには、たまに変わった生き物がやってくる。風に舞う巨大な綿毛や、虹色に輝く鱗に覆われた長くうねる生き物など。外に出るのはたいへんなのでほとんどはそのままやり過ごす。

 しかし、これはめったにないことだが、アトリエに居座るやつもいる。
 あるときガラス窓の外側に大量にへばりついている 、小さなヤモリのようなものを見つけた。よく見るとそれは硝子の試験管だった。スリ硝子の蓋がついている。変わっているのは、それに前足と尾がついている点だ。よほどその場所が気に入ったのか、数日間、窓から動く気配はなかった。
 数えると20匹。それぞれに通し番号がついている。こいつらは野生ではなく、おそらくどこかで飼育されていたものなのだろう。セントラルのデータベースにアクセスすると、既に閉鎖された研究施設から逃げ出しそのまま野生化した生物だということがわかった。どうやらその研究施設でもそれらの生態は明らかにされていないらしい。

 気になった私は防護服に着替え、アトリエの外に出て動きの鈍いそれらを指でつまんで確保した。何匹かは取り逃した。
 私設研究所で何やらいろいろと調べている友人に送ってみよう。もしかしたら何かがわかるかもしれない。

 時がたち、その硝子管のことなどすっかり忘れたころに、友人から小包が届いた。

 厳重に封をされた包みの中からラベルつきの小箱が現れた。

 箱を開けると、かつて友人に送った硝子管が白いケースに収められていた。容易には取り出せないつくりになっている。硝子管の中には薄い緑色づいた、透明な破片が詰め込まれていた。

 固定された尾の裏には『galaxy in the glass』とある。なかなか詩的なタイトルだ。質実剛健な友人の印象とは異なるこのタイトル、一体どういうことなのだろう。

 同封された手紙には、こう書かれていた。

親愛なる友人へ

 この硝子管について調べてみたところ、驚くべきことがわかった。
 とある鉱物質を餌として与え、特定の波長を照射することで硝子管の中に銀河が生まれるのだ。そのうちひとつを君に返そう。よく観察してみてくれたまえ。

          T.U.

追伸:おそらくこの硝子管の中心部にはブラックホールがあるからフタ(頭)は決して開けないこと。

 銀河というのは詩的表現でも比喩でもなかった。それなら友人らしい。しかしこんなに小さな銀河がガラスの中に閉じ込められるものなのか。不思議に思いつつ裏のスイッチを入れてみた。

 この光る部分が銀河ということなのだろうか。にわかには信じがたいが友人の言うことだから本当なのだろう。非常に美しい。しかしブラックホールとはえらく物騒なものを寄越したものだ。

 かつて取り逃した二匹がまだアトリエのガラス窓に張り付いていたので捕獲してきた。閉じ込められた仲間を見つけ、箱の中をのぞき込んでいる様子がうかがえる。棺を囲み悼んでいるように見え、かわいそうになってきたが、この箱から出してやることはできない。なにせ硝子管の中にはブラックホールが入っているのだから。

 あるいはこの輝く仲間のことを羨んでいるのだろうか。君たちも研究所に送ってやろうか。


内林武史さんから素敵な作品が届いたので、それにまつわる(架空の)お話です。